ティロ脳

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まどかの記憶を巡る暁美ほむらの戦い ~ 異説 悪魔ほむら論(2/3)


「“まどかを覚えていたい”との願いで、リボほむは魔法少女となった ~ 異説 悪魔ほむら論(1/3)」の続きです。



 舞台は『叛逆の物語』へと移ります。半魔女化したほむらが作った結界内での、彼女の能力を見てみましょう。
 元々魔女には、多少なりとも思いを具現化する能力がありました。お菓子の魔女はお菓子を作り出し、人魚の魔女は音楽を作り出し、結界内をそれで満たしていることからも分かります。特に、記憶の具現化がほむらの固有魔法です。結界内に見滝原の街を丸々再現させたことは、驚くには値しないでしょう。
 またここでのほむらは、前の世界での戦闘スタイルを復活させています。彼女自身に時間停止の魔法と銃器操作の記憶があるわけですから、これも記憶の具現化で説明できます。もっとも、この結界内は彼女の願望の世界ですから、何でもありという設定なのかも知れませんが。


 さて、この結界内でのほむらには、新しい能力が発現します。記憶操作です。これにより、奇妙な法則が支配する結界内で、住人たちは何の違和感もなく生活できたのです。
 『叛逆の物語』内で何の説明もなく出てきた能力ですが、これは他人の記憶の中に別の記憶を具現化させた、と考えることで説明が可能かも知れません。元の魔法を別方向に発展させた感じでしょうか。マミがリボンの拘束魔法を発展させて、マスケット銃を作り出すようなものと考えれば良いでしょう。


 かくして、ほむらの魔法は一応の完成を見ることとなりました。とは言え、彼女の本体が置かれた状況を考えると、無意識の発動だったのかも知れません。



 その後、魔女化を乗り越えたほむらは、円環の理から「まどかがまどかでなくなる前の、人としての彼女の記録」を奪います。以下、一般的な解釈とは異なり「記憶」にこだわった仮説ですが…。


 「まどかの記録」という言葉をそのままの意味で受け取るならば、役所の戸籍、見滝原中学2年在籍、ピンクの髪と瞳…といったものが挙げられます。これはまどか自身の一部ではありません。周りの人が持つ彼女に関しての情報です。言い方を変えれば、彼女を認識させるものです。
 もしほむらのあの行為が、まどか自身を裂いたのではなく、彼女の言葉通りまどかの「記録」だけを奪ったのであれば、彼女が既に持っている記憶操作の応用で、実現が可能かも知れません。「愛」が奇跡を起こしたわけでもなく、未知の悪魔的な力が働いたわけでもなく、「彼女を守る私になりたい」との願いが成就したわけでもなく、ほむら自身の魔法でこれをやり遂げたのです。
 また、ここで彼女は初めて意識的に記憶操作の魔法を使ったことも、特筆すべきことです。


 しかし、単にこの世界の人にまどかを認識させるだけなら、ほむらが持つ既存の能力で可能だと思います。つまり、ほむらの中にあるまどかの記憶を具現化し、周りの人の記憶を操作すれば良いわけです。わざわざあの瞬間を狙って、円環の理から「記録」を奪う必要はないのではないでしょうか。
 しかし、それでは不十分だと思います。以下も仮説ですが…。


 この物語において、奇跡とは条理に反するものであるため、「やがてそこから災厄が生まれるのは当然の摂理」とされています。逆に、キュゥべえが杏子に「魔法少女は条理を覆す存在」と言ったことから推察するに、魔法については、いくら使っても災厄は生まれないようです。
 これを前提とするならば、『叛逆の物語』直前のほむらがなぜ、まどかが実在していたことに確信が持てなくなるほどに、記憶があいまいになったかが説明できます。彼女が改変前の世界の記憶を保持しているのは、奇跡によるものでした。しかしそれが条理に反するものであったため、やがて条理の力が働き、これらの記憶が消され始めたのだと考えられるからです。
 しかし幸いなことに、結界の中での様々な出来事を通して、ほむらは記憶を取り戻しました。それで「叛逆」が実行できたのですが、再び記憶が消さるようなことがあれば、まどかに関する魔法は効力を失います。そうなれば今度こそ、この世界にあるまどかの全てが消え去ってしまいますし、インキュベーターの手から円環の理を守ることもできなくなってしまうでしょう。
 だからこそ、彼女の記憶によらないまどかの「記録」が必要になります。唯一まどかの「記録」がある円環の理から、それを奪う必要があったのです。そして奪った「記録」を、記憶操作の応用でこの世界の人々に植え付けたのだと思います。

 


 これで鹿目まどかは、だれもが自発的に認識できる存在となりました。ほむら一人だけがまどかを記憶するという「奇跡」は存在しなくなったのです。条理にかなう状態となったほむらの記憶は、もう消されることはありません。しかも、これは魔法によって引き起こされたわけですから、そこから災厄は生まれないのです。
 こうして全ての条件を整え、ほむらはまどかをこの世界に登場させました。


 ところで、例の赤いリボンはまどかの記憶の象徴であり、この世にまどかが存在していたことを証明する物的証拠でした。今、まどかの「記録」を取り戻した世界では、まどかの記憶はほむら一人だけのものではありません。いつまでもリボンを大切に持ち続ける必要はなくなったのです。
 だからほむらはまどかにリボンを返した、との解釈もできると思います。
 ここまで書いて、私は思います。『叛逆の物語』とは、暁美ほむらが残酷な条理に対して叛逆した物語ではなかったかと。


 これ以降については説明の繰り返しになるので、簡単に触れていきます。
 元円環の鞄持ちのさやかについては、やはり要注意人物としてマークが必要でしょう。彼女が記憶を取り戻すことは、この世界の不安定要因となることが予測できるからです。ただ、記憶操作時に手を叩いたのは、単なるポーズであり一種のじゃれ合いかと。
 また、他の人たちに対しても、様々な所に気を配って手を加えていることが伺えます。これも自分の能力を正しく認識したほむらにとっては、ごく簡単な記憶操作でしょう。
 ボロ雑巾キュゥべえについては、別の記事を製作中ですので、今は概要のみを述べておきます。インキュベーターにも感情があることを見抜いたほむらは、彼らに恐怖の記憶を植え付けることで、二度と円環の理には手を出せないようにした、と。



 って、悪魔ほむらはどうした?
 そうなんです。ほむらはわざわざ悪魔という特別な存在にならなくても、改変後に会得した記憶の具現化と記憶操作という魔法少女の能力だけで、『叛逆の物語』の全てが実行できてしまうのです。結局、最後までほむらはいち魔法少女であり、悪魔化で新たに獲得した特殊能力は何も発見できなかった、というのがとりあえずの結論です。
 しかし、もう少しほむらの能力を掘り下げていくと、とんでもないポテンシャルに気が付きます。そこから、悪魔ほむらとは何なのかが見えてきそうなので、次回にお話したいと思います。


「強大すぎる魔力がもたらした代償 ~ 異説 悪魔ほむら論(3/3)」に続きます。





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