ティロ脳

まどマギ考察を言い訳にした屁理屈サイト。でも全ては愛なので許してください。

『叛逆の物語』は、美樹さやかの心残りを整理する物語でもあった(2/2)

 「『叛逆の物語』は、さやかの心残りを整理する物語でもあった(1/2)」の続きです。


 こうして心残りをひとつひとつ整理してきたさやかですが、この世界に長くいるうちに新たな迷いが生じてきたかも知れません。なぜなら、毎日があまりにも楽しく幸せだったから。

 実はこのシーン(ガンカタ後のほむらとの会話)で、私は若干の不自然さも感じていました。この世界の存続が、若干強調されすぎているようにも聞こえたからです。

 でも、考えてみればそれも当然のことだったのかも知れません。さやかは分かっていたのでしょう。真実に気付いたほむらは、せっかくのアドバイスにも耳を貸さず、性急に次の段階へと突進してしまうことを。だからこそその言葉の中に、自分の気持ちがにじみ出てしまったのです。彼女の気持ちを代弁するならば、こんな感じではないでしょうか。

 「ねえ、ほむら。あたしがここまで話したんだから、あんたは遠からず真実に到達するよね。そしたら、すぐにこの世界を破壊するよね。それはいい。あたしもそれが目的でここにいるんだから。でもね、この結界の中ではみんな幸せだったでしょ? まあ、自分の幸せを顧みないあんたのことだから、そんなことどうでもいいって言うかも知れないけど…。だけどお願い、もう少しだけここにいさせて…」

 さやかは、つい私情を挟んでしまいました。それは本人も自覚していて、「円環の鞄持ちなのに、余計なこと言っちゃったかな。あたしってやっぱりダメだな」と思ったかも知れません。そう考えると、最後の「あんたが知ってる通りのあたしだよ」も、「あんたが知ってる通りの“バカな”あたしだよ」といったニュアンスがあるようにも思えます。


 そして「魔女大戦」。

 名シーンだけあって今まで多くの考察がなされており、今さら多くを語る必要は無いと思いますので、ここではサラッと「あんさや恋人繋ぎ」のシーンについて触れておきたいと思います。

 ここでさやかは、やっと杏子に気持ちを伝えるチャンスを得ます。「やっぱりあたし、心残りだったんだろうね。あんたを置き去りにしちゃったことが」――さやかが一番大切に思う人。最大の心残り。だからこそ、最後の最後まで取っておいた言葉は、杏子に対する離別の挨拶でもありました。

 あっけないほどに短い言葉のやり取り。でも、あとは指を絡ませてお互いの存在を確かめ合えば、この二人にはそれで十分でした。杏子はさやかの全てを受け入れます。そしてさやかにもそれが伝わります。オクタヴィアの獲物が剣から杏子の槍へと変化したことは、この二人の気持ちが本当の意味で繋がったことの表れでしょう。

 さやかの心残りは、これで全て整理されました。後は一気に決着をつけてやる!
 杏子の本格的な参戦を機に、魔法少女軍が一気に攻勢を仕掛け、戦いは終結へと向かいます。


 最後に、さやかが恭介と仁美におはようを言って涙ぐむシーン。

 心残りがたくさんあったこの世界に戻ってきたさやか。どれだけの覚悟を持って、そのひとつひとつを整理し、決着を着けてきたことでしょう。その過程では、新たな迷いも生まれました。それでもその迷いを振り切って、ほむら救出の使命を果たす寸前にまでこぎつけました。戦いのさ中では、最大の心残りであった杏子に自分の気持ちを伝え、心の底から理解し合える仲となりました。
 さあ、これで還るのだ。心残りを整理する物語は終ったのだ。でも、でも…。

 頭では分かっていても、心はまだついては行けていなかったでしょう。そこに起こったほむらの再改変です。決別の覚悟を決めて、それでも諦め切れていなかったものが不意に目の前に現れたとき、薄れゆく記憶の中で感情が制御できなくなってふと溢れ出た涙。その一滴に、どれだけの想いが詰め込まれていたのだろうかと思うのです。


 以上のように考えてみると、成長した、吹っ切れたと言われる『叛逆の物語』のさやかに対する目も、少しは変わってきそうです。

 これは、成長を遂げて吹っ切れた、いわゆる完成されたさやか像ではありません。成長しよう吹っ切ろうと悩みもがく、未完成なさやか像になります。そして、「良くも悪くも、ごく普通の14歳の女の子」という前作の彼女が見せてくれた魅力は、この物語においても変わらないでいて欲しいという、私個人の願望から来るさやか像でもあります。

 それでもひとつ言い切れることがあります。『叛逆の物語』のさやかは、ほむら救出という使命を常に最善の行動で遂行してきました。しかしそのことは、今まで書いてきたように、さやか個人にとって非常につらい部分があったはずです。だからこそ彼女は、大勢に影響のないところで、ちゃっかり個人的なテーマにも取り組んでいたのだと思うのです。

 全体の利益を優先しつつ、それに反する自分の気持ちにもうまく対処する――今のさやかは、こんなしたたかさを身に付けていました。前作のような、潔癖症なくせに自己評価の低かった青臭い彼女にはできないことです。そしてこのことこそが、さやかが本当の意味で成長したことを意味しているのだと思うのです。


 ところで、本当にさやかとなぎさは、単に「改変の巻き添えで元の居場所に戻れなくなった」だけなのかという件について、さやか自身の関与の可能性を述べて、この考察の最後にしたいと思います。

 既に多くの方が指摘されているように、ほむら自身の意思によって二人は残された、という説に私も賛同します。それだけで十分な解釈ではあるのですが、あえてそれに私見を付け加えるならば、さやかとの会話をほむらは思い出していたのではないだろうか、とも思うのです。

 「誰とだってお別れなんてしたくない」。こんなまどかの言葉を受けて起こしたほむらの改変ではありますが、その刹那、「そう言えば、さやかも同じようなこと考えてえていたわね」と考えが至り、それを実行したとするならば…。

 完全に吹っ切れたさやかであれば、もっとストレートにほむらを真実に導いたかも知れません。しかし現実のさやかは、自分がまだこの世界にいたいことを匂わせてしまいました。目的から少しだけブレてしまったのです。そしてほむらは、このわずかなブレを敏感に察知し、さやかとなぎさをこの世界に残したのではないでしょうか。

 そう、さやかが未完成だったからこそ、この物語は私たちが知る結末を迎えたのかも知れない。ふと、そんな可能性を考えてみたのです。



よろしければおポチくださいませ。


『叛逆の物語』は、美樹さやかの心残りを整理する物語でもあった(1/2)

 こんなことを考えるきっかけになったのは、『カラフル』をコマ送りで見ていた時でした。

 序盤のコーヒーカップのシーンでのさやかは、力任せにカップを回す杏子に振り回されながら笑っています。目を閉じて笑っています。この表情を見た時、私はさやかと杏子は対等ではないと感じました。確かにさやかは、このひと時を楽しんではいます。しかし、一歩引いて楽しんでいる、つまり楽しそうにしている杏子を見て楽しんでいるのではないか――そう思った時、さやかがこの世界に残してきた心残りは少なくないと感じたのです。

 二度と戻ることはない、だからこそ未練はないと自分に言い聞かせてきたこの世界(正確にはほむらのジェム中の結界)に、さやかはある使命を帯びて戻ってきました。そこに繰り広げられた世界は、奇跡と言ってよいでしょう。もしほむらがインキュベーターに捕まることなく順当に円環されたら、もしほむら以外の魔法少女が実験対象だったら、もし杏子やマミが結界に取り込まれなかったら…。

 普通に考えたら可能性の低い条件が重なって、こうやって今、再びみんなと同じ時を過ごすことができたのです。さやかは杏子の笑顔を見ながら、改めてそんな幸せを噛み締めていたことでしょう。そして、改めてこの世界への心残りを、きちんと整理しようと決意したのではないでしょうか。


 そう考えると、続くシーンにもさやかの思いが読み取れてきます。

 遊園地でのまどかとのシーン。

 さやかはまどかの手を引いて、少し前を歩いています。考えてみれば、魔法少女になる前の二人の関係はこんな感じでした。ちょっと内気なまどかを、さやかがリードし、守り、時にはいじって可愛がりました。この世界に戻った今、さやかとまどかは「円環の神さま」と「鞄持ち」という肩書きのない、自然な二人の関係を楽しんでいたのでしょう。

 さやかとマミがボートに乗っているシーン。

 生前のさやかは、マミを強くて頼れる先輩だと思っていました。しかし円環後に、彼女が本当は弱くて寂しがり屋のごく普通の女の子だったことを知りました。だから今は、心ゆくまで二人でお話して本当のマミさんの心に触れたい…。そんな気持ちがあったのかも知れません。

 そう言えば、オープニングではさやかだけ一人で映っているシーンがありません。もしかして、さやか冷遇されてる? と思ったこともありました。しかし、そんなことはなかったのです。前作でのさやかの悲しい運命を受けて、製作者はあえて彼女を一人にはしなかったのです。こっそりと続きの物語を用意してくれていたのです。

 そう考えると、ひたすらほむらが切なく描かれているこのオープニングにさやかの湿り気が加わって、ますます泣けてこないでしょうか。

 さやかの湿り気はオープニングだけではありません。仁美ナイトメアとの対戦シーン。

 恭介のことを「無神経なヤツ」呼ばわりしたり、ゆっくり仁美を優しく抱いたりして、吹っ切れたさやかを印象付ける場面です。しかしナイトメア登場時、さやかはしばらくその表情を視聴者に見せません。それどころか杏子からも距離を取って、彼女にも表情を見られまいとしているようにも思えます。

 つまり製作者は、私たちに妄想を促していると…。

 はい、妄想します。この時のさやかはまだ、いくらか恭介に未練を残していたのです。それでも彼女は、最初から気丈に振舞って、未練を悟られないような言動を取ったのです。前作のさやかを見ると、先に言葉で向かう先を示し、それに自分の心を従わせようとするきらいがありました。言動をそのまま受け取らない解釈も、あながち間違いではないでしょう。

 とは言えその時は、発した言葉と自分の本心との乖離があまりにも大きかったため、自縄自縛となって自滅してしまいました。でも、今のさやかにそんなことは無いはずです。多少無理してでもあえて吹っ切れた言動を取ることで、自分の気持ちにきちんと決着が付けられたのです。

 ホント、けなげかわいいヤツです。

 ガンカタ後のほむらとの会話。

 この場面の、さやかの話の運び方は見事です。ひとつの思いに囚われて暴走を始めたほむらを牽制しつつ、自力で真実に到達するよう上手に誘導しています。あの短気なさやかにしては珍しくも思えますが、この余裕は、単に彼女が成長したからと言うだけでは不十分かも知れません。

 多分さやかは、話し合いを最後まで成立させるため、事前にほむらの思考や行動のパターンを洗い直し、対応策を練っていた(突然の時間停止や攻撃も想定していた)のではないでしょうか。そしてこのことは、生前は対立したり誤解したりすることの多かった彼女に対する、さやかなりの精一杯の罪滅ぼしであったと思うのです。

 そして、最後に残した「じっくりと考えてから決めるんだね。悔いを残さないように」との言葉。遠からずこの世界を去ることになるほむらに対して、マミや杏子ともしっかりと向き合うように促したのでしょう。多くの未練をこの世界に残して去らざるをえなかったさやかだからこそ言える、重い言葉です。



長くなりそうなので、ここでいったん切って次回に続きます。



よろしければおポチくださいませ。

魔法少女まどか☆マギカブログランキング参加用リンク一覧

アニメ考察・研究ブログランキング参加用リンク一覧

巴マミに絡め取られた鹿目まどかの運命

 今さらですが、ほむらループ3週目、「ソウルジェムが魔女を産むなら、みんな死ぬしかないじゃない!(byマミさん)」のシーンとその影響についての考察です。

 個人的な話ですが、私は長い間ここが引っかかっていました。と言うのも、まどかの行動や決断が早すぎるような気がしていたのです。尺の都合で色々端折ったのかなとも思いましたが、先日思い付いたことがあったので、ちょっと書いてみようと思ったわけです。

(ほむらも色々とおかしいのですが、それについては置いておきます)



 マミの錯乱については、既に多くの方が指摘されてきたように、彼女の魔法少女としてのアイデンテティが正義の味方であることから考えれば、当然の帰結だと思います。魔女が人類の敵として討伐されるべきものであれば、魔法少女も魔女化する前に討伐されるべきである。あなたも、私も! 

 「魔法少女は魔女化する前に死ね」――これは悲しいけれど、ほとんど正論です。マミに限らず、事実を知った魔法少女にとって、十分検討に値する考えでしょう。

 しかし、この物語があまりにも悲劇的だったのは、マミが時期を選ばずにいきなり実力行使に及んでしまったことです。考えを口にする前に一人の仲間を殺してしまった。そして、これが新たな悲劇の連鎖を生んでしまった。私はこう考えます。



 これを前提として、話をまどかに移します。

 当時のまどかにとっても、魔法少女としてのアイデンテティは正義の味方であることでした。だから「魔法少女は魔女化する前に死ね」という考えとは非常に親和性が高い。さやかの魔女化を目の当たりにして、彼女も同じことが頭をよぎったかも知れません。ただ、たまたま先にマミが行動を起こしてしまったために、場を収める側に回らざるを得なかっただけなのでしょう。

 もっとも、まどかは人が重大な運命の岐路に立った時、かなり冷静な判断ができる子です。本来なら、改めて魔女化前に死ぬことの是非から、死ぬにしてもそのタイミングや心の持ち方、周りの人の接し方などを検討し、極力傷の少ない方法を模索したでしょう。

 しかしこの場面では、敬愛してやまない先輩がいきなり仲間を殺してしまった。検討する間もなく、「魔法少女は魔女化する前に死ね」が問答無用で彼女の中にバーンッと入ってしまった。このトラウマが、後の彼女の基本理念として固定化されてしまったように思うのです。



 そう考えると、なぜまどかはマミを制止するという一般的な対応をしなかったのか、ただただ優しかった彼女がなぜマミを殺し得たのか、という疑問にひとつの答えが見えてきそうです。

 まどかは、マミの人間性をかなり理解しています。正義の味方というアイデンテティを砕かれてしまった以上、もうこれ以上生きていけないことを知っています。それどころか、この様子では次の瞬間には魔女化してしまうかも知れません。ならば今、わたしがこの手で…!

 そう、これはマミを魔女化させないための介錯だったのではないでしょうか。あの状況でまどかが取りえた、精一杯の優しさだったのではないでしょうか。だからこその咄嗟の決断だったのではと思うのです。



 とは言えまどか自身も、自分がそれほど長くないことを自覚するほどに追い込まれていたと思います。しかし、ワルプルギス襲来前の自決は正義の味方として許されるべき行為ではない、とも考えたでしょう。ならば己の死に場所は、勝っても負けてもワルプルギス戦ということになります。こうして自ら命の期限を切ることで、ようやく希望を少し先に繋げることができたのではないでしょうか。

 また逆説的ですが、マミを手にかけてしまったことも、まどかの精神を一時的に保つ方向に作用したかも知れません。結果として彼女は、先輩殺しの罪を背負って生きる道を選びました。だからこそ、マミや杏子の分まで戦わなければならないと考えたのでしょう。

 このように考えていくと、どうもまどかの中ではこの段階でシナリオが出来上がっていたような気がします。手持ちのグリーフシードはひとつ。ならばワルプルギス戦の後はほむらに託して、自分は魔女化する前に死のう。そしてその介錯役をほむらに頼もうと。

 そう考えたからこそ、「二人でワルプルギスの夜を倒そう」というほむらの(空気を読まない)提案を、すぐに受け入れられたのではないでしょうか。



 さて、ここから先は別時間軸のため想像の域になりますが、最終的にまどかが魔法少女になる際の願いも、この考えが色濃く反映されているように思います。「全ての魔女を生まれる前に消し去りたい」との願いは、「魔法少女は魔女化する前に死ね」のバリエーションとも取れるからです。確かに「希望を信じた魔法少女を泣かせたくない」という彼女らしい優しさがその理由ですが、その潜在意識にはこの大前提があっての判断ではないでしょうか。

 まどかの願いが最善だったか否かについては色々と議論がありますが、彼女にしてみればその選択は然的だったのではと思うのです。



 ほむらの運命は、出会ったその日から現在に至るまで、まどかに絡め取られています。そしてまどかの運命は、ある日突然マミから投げつけられた「魔法少女は魔女化する前に死ね」という魔法少女の哲学に絡め取られました。

 そういった意味で、マミの拘束魔法は彼女の死後も、まどかを、そしてほむらをも縛り続けていたのかも知れません。



よろしければおポチくださいませ。